渋谷のラブホテルで働くような人になりたくない。ハードボイルドに生きたい。
この話は僕が愛と憎しみが渦巻く街、渋谷にいた頃の話だ。
僕には毎朝のルーティンがある。
朝起きたらミネラルウォーターをコップ1杯、それからクラッカーを3枚食べる。
その後はランニングだ。 汚い街だが走っているとそれなりに綺麗なものも見つけることができる。
道端にふいに咲く花とか。
(飽きたので中略)
そしてなんやかんやでラブホテルで働くことになった僕は面接のために職場となるラブホテルに足を運んだ。
偽物っぽい作りだ。
きらびやかに見えるがよく見れば何もかも噛み合ってない。
居心地の悪い空間だ。 まぁもっともここのラブホテルを使う連中の愛なんてものも、所詮取り繕った偽物。 みんなその違和感を必死に気がつかないふりをしてるんだ。
店長「君かい? ラブホテルで働こうなんてハードボイルドな事を考える若者は」
普通の男だ。 特に特徴らしきものもない。
僕「ふふ。 えぇそうですよ。 昔からハードボイルドさには定評がありましてね。」
店長「ふん。それは頼もしいな。君は俺の若い頃にそっくりだよ。」
僕「僕は愛がよく分からないんです。愛とは何なのか。 希望なのか絶望なのか。」
店長「それを知るのにラブホテルはうってつけだよ。 君なら半年もあればハードボイルドになれるんじゃないかな。ただ君は若い。 故にまだ世界に何かを期待しているんだ。 君は世界を俯瞰しているつもりかもしれないけどね。期待や希望を持つなとは言わない。ただそれを手放す覚悟は持っておいた方がいい。」
僕「えぇ。楽しみですよ。 店長。」
店長「どこまでやれるかな。。」
この時見せた店長の冷たい微笑みを僕は見逃さなかった。
シフト初日
僕「おはようございます。 今日からここで働く事になりました。 みなさんとは今朝飲んできたピーチティーのようなハーモ。。なっ!?」
そこに繰り広げられていた光景は僕を圧倒した。
一同「おはよう 」
そこには10人ほどの男女がいた。
特に目を引いたのは40代とおぼしき男性。
全身に刺青を施し、顔の内部には何かを埋め込んでゴツゴツとしている。頭にはツノらしきものが生えている。耳たぶにはかなりの大きさの穴が開いており、小皿ほどの大きさの皿みたいなもの、というかもやは小皿が埋め込まれていた。どこの部族ですか?
てか ちょーこえええええ。小皿めちゃ便利そうじゃねえかあああ。
その隣の男も負けていない。
ドラエもんみたいな体型をしている分際で髪の毛がドレッド。しかもそれがかぐや姫並みに長かった。
それをう◯こみたいに頭に巻き上げ、ターバンで覆っている。
巻いたターバンが後ろに折れてフリーザの第二形態みたいになっている。
フリーザ「おはよう どこから来たの?」
僕「◯◯駅です」
フリーザ「お!最寄り一緒じゃん!◯◯線だよね??」
やばい。と思った。
こんな奴と絶対一緒に帰りたくない。
間違いなくテロ集団的な何かだと思われる。というかこんな生物が近所に居たとは。。引っ越そう。
僕「また、電車で会うかもしれないですね。」
フリーザ「いや、俺スケボー。」
ハードボイルドおおおおおお!!!?
電車で片道30分をスケボーだと?
というかスケボー死ぬほど似合わねええええ!!
おっといけない。。 彼らのハードボイルドさに押されてハードボイルドを失いかけた。。
残りのメンバーもかなり個性的な面々だった。
とりあえずみんな金髪だった。 最低でも金髪だった。 ピンクとか青がいた。
格闘技をやっている金髪の男性とツノの生えた刺青の男性とフリーザが三人で談笑していたのを見たときは『ここはナメック星か?』とも思った。
というか『いや、ナメック星かーーーい!!!』と心のそこから突っ込みたかった。もうハードボイルドなんてどうでもよかった。 しかしそんなことをしたら最後。細胞レベルで抹消される。
とにかく全てが衝撃的だった。 それからも普通だと思っていた店長が実は首以下全部刺青だったり、 普通の女の子だと思っていた子が実はバイセクシャルのお女芸人だったり。。
他にもいろいろある。 しかし今回はその中でも一番心に残っている出来事を話そうと思う。
僕が働いているホテルの清掃は基本的に3人組で動く。 3人組はその日のシフトで適当に組まれる。
ある日僕は 全身刺青男(以下 ギニュー)とフリーザと組むことになった。
このメンツは初めてなので緊張したが、僕が慣れてきていたのもあって談笑しながら適当に作業をすすめていた。
そしてなぜか話は深いほうへ。
フリーザは小さい頃に両親が離婚し、母も亡くしていた。 学校もろくに言っていないようだ。 そのような話をさらっとなんでもないように話した。
僕みたいな『普通』の人間の生活に興味をもって、たくさん質問してきたのを覚えている。
場が和んだので僕はギニューに「刺青を入れようと思ったきっかけはなんですか?」と聞いてみた。
この質問は僕が一番気になっていたことだ。 彼の刺青は海外のアーティストやスポーツ選手がおしゃれ感覚でするそれとは違っていた。
完全に常軌を逸していた。 間違いなく日常生活に影響を与えるレベル。外に出るときは手袋にマスク、帽子をかぶっていた。
意味が分からなかった。 一体なんのために。。
ギニュー「もう覚悟だけはとうの昔に決めたからさ。」
質問の答えになっていないじゃないか。とその時は思った。
というか今もわからない。
というか普通にギニューが質問の意味を正しく汲み取っていない可能性もある。
ただその言葉は今もまだ忘れられない。 僕の頭から離れない。
それからのギニューの話はハードボイルドそのものだった。
ギニューは海外に刺青を入れにいくため、世界中をさすらうらしい。
スウェーデンの湖のほとりの小屋で女を抱いた話はハードボイルドすぎて気を失いそうになった。
しかもこの人はある女性の家に居候しているらしいのだが、その女性は誰もが知る超有名外資企業のキャリアOLだった。
まさにハードボイルドの権化であるギニューを目の前に、僕は当初のハードボイルドキャラを忘れ、ひれ伏した。
なんなんだろうか。
彼らは一体。
30代のビジュアル系バンドをしている男は仕事を終えると化粧をして、スタジオのある高田馬場に向かうそしてラブホテルに帰ってくる。
文字に起こしたらただのオカマである。
世界を放浪しつづける無職の男。
レズのお笑い芸人。
そのみんなが口を揃えていう。 「なんでここで働こうとおもったの? ここは君みたいな子が働く場所じゃないよ」
彼らは僕を違う世界の人として扱った。いつも距離を感じていた。
ただ僕と二人きりになるとみんな誰かしらの悪口を言った。
あいつはクズだ。 どーしようもないやつだ。
みんな誰かを自分の下におきたがった。
俺はこんな風貌だが、普通の人にはわからない覚悟を決めて刺青を入れている。
私は今はラブホテルで働いているがお笑い芸人を目指している。
俺はあいつとは違って本気でバンドをやっている。
だからあいつとは違う。
彼らの強烈な個性は生きるための最後の切り札だ。アイデンティティのハイパーインフレーションがここでは起きていた。
こうやって彼らのことをネタにしてブログを書いている僕は彼らを下に見ているのかもしれない。
そう言われても否定できないかもしれない。
外から入ってくるものではなく内から湧き出る情熱的ななにかを大切にしたい。
僕がこれから何をやるにしても そのことに対して誇りを持ちたい。
他人の不幸せを願うのではなく幸せを心の中で願いながら生きたい。
ハードボイルドに生きたい。